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G S 考 (2)

2010.01.30

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お待たせしました と 言っても 誰も 待っている わけでは あり
ませんが、グループサウンズ特集の第二弾 を 書いていきます。
♪スワンの涙 に合わせて先日の白鳥の写真を アップしました。
ベンチャーズやビートルズ関連については、序章で書きましたが
実質、GSブームに結び付くまでの 発端にラジ関(ラジオ関東)
からフジテレビに移籍したディレクターの すぎやまこういちさん
の番組 「ヒットパレード」( ザ・ピーナッツ や ナベプロの 歌手と
楽譜がよめたブルコメがバックで、スマイリー小原さん指揮する
オケラが出演し、洋楽を日本語カバーにして歌っていた)の存在
が大きいです。もうひとつは♪涙の太陽Crying In A Stomのヒット
でエミー・ジャクソン(ハーフ)が英語で 歌っていました。この詞は
湯川れい子さんがR・Hot・Riverのペンネームで書いて、 のちに
日本語とミックスした 歌詞としました。(ギラギラ太陽が..)以前に
書きましたが当時歌謡曲等作詞作曲者は各レコード会社の専属
となっていた 関係で(このシングルは 洋楽コロムビア から出た)、
これが '64から'65頃の お話で、まぁ邦楽のコロムビアは ヒットが
多かったけれど、洋楽コロンビアは 大物アーティスト等売れ筋が
なくて低迷していたのが一因で 同レーベルから 同じく洋盤として
ブルーコメッツの♪青い瞳英語盤が'66年シングル発売されチョイ
ヒットしたことから( この 発売も 当時の 某洋盤ディレクターの
姉妹からの一言 この曲は いいから売れるよ から踏み切った)
半年後やっと日本語バージョンが発売され大ヒットした。( ヒット
パレードの力 もあって) この後 和製ポップス・カレッジフォーク
など 音楽市場が 若者向けに 広がっていった。スパイダーズ
はウェスタンバンドから独立しリーダーで ドラムの田辺昭知さん
がその後スパイダクションをつくり のちの 田辺エージェンシー
となります。堺正章さん、井上順さん、グループ加入前は 三大
ひろしとしてロカビリー時代から活躍してたムッシュかまやつさん
(ディーブさん・ジャズシンガー のご子息で 森山良子さん とは
いとこ)がボーカルで♪フリフリ(日本の三三七拍子 変型リズムの
♪ダークな背広にブーツを履いて、俺の自慢のロングヘアー♪と
歌っていました。これが'65で、'66には 浜クラさん作曲 ♪夕陽
が泣いているが ヒットしました。(これは当時私達の組んだバンド
の練習曲で歌入レパートリーで ウー のところのコーラス 担当)
でスパイダースが当時人気絶頂にあったナベプロのタイガースに
対抗して テンプターズを 大宮からスカウトして 売り出しました。
ファズ を一番最初に日本に知らしめたのは スパイダースですよ。
スパイダースのギタリストだった井上たかゆきさんは現在 小樽に
お住まいとのこと、ムッシュかまやつさんは、昔お店にコーヒーを
飲みにいらっしゃったことがあって、その時は バッドカンパニー
のアルバム A面をリクエストされて かけたことが あります。
そのタイガースですが元々 大阪のナンバ一番から内田裕也さん
がスカウトし、前出のすぎやまさんが大阪だからタイガースと命名
し、これも以前に書きましたが、シングルレコードを出す 順番は
作曲のすぎやまさんがクラッシックの組曲を意識して①第一楽章
アンダンテの♪僕のマリー ②アレグロビバージュ ♪シーサイド
バウンド③アンダンテ♪モナリザのほほ笑み④アンダンテ♪君だけ
に愛を⑤最後の第五楽章アダージョ♪花の首飾りをヒットさせました。
ベースのサリーこと岸部一徳さんは 中堅俳優として有名で、途中
加入で 弟の ルックルックでも知られた 四郎さんは、バラェティ等
つぶやきシローさんといいますか、ボソボソとぼやきのシローさんで
ブログ ともども ペーソス と 哀愁が 感じ られる お人柄です。

時間ですよの ハマさんの一発ギャグ「ジュリー」は、印象的でした。 

長く なりましたので 今日はこの辺で ちょうど 時間ですね。
このシリーズは三ぐらいで終わると思っていましたが、多分 四か五
まで 続くことに なりそうです。 お楽しみ に (でも ないか)  !
♪ Going To CHICAGO ♪